| tokara's profile十島村(トカラ列島)PhotosBlogLists | Help |
|
|
January 17 SEパパ様から写真が届きました!皆様
明けましておめでとうございます。鹿児島県十島村の福澤です。
昨年は、様々な貴重なご意見ありがとうございました。
さて、トカラ実行委員会から昨年末SEパパ様へ「名誉島民第1号の認定証」及び「2009年皆既日食へのフェリー往復乗船券目録」を送付いたしましたが、受け取りましたということで美人の奥様と可愛い娘さんに囲まれ幸せ一杯のSEパパ様の写真が届きましたのでご報告いたします。 December 27 表彰式 十島村の福澤です。
お久しぶりです。
最優秀者のSEパパ様が、ご多忙のため鹿児島までお越しいただけないということで、お会いすることを楽しみにしておりました私どもにとりましては大変残念でしたが、本日(12月27日)、十島村役場におきまして表彰式を開催しました。
表彰式では、十島村プロジェクト実行委員会会長の十島村助役福満征一郎から、次のとおりの授与、表彰を行ないました。
最優秀 SEパパ 様へ 名誉島民第1号の称号及び2009年皆既日蝕におけるフェリーとしま往復乗船券目録の授与
第2位 中老SE=岡野@神戸 様へ 表彰状の授与
第3位 石井@日食情報センター 様へ 表彰状の授与
表彰状等は、明日(12月28日)発送いたします。
参加いただきました皆様に、あらためまして感謝申し上げます。
2007年が皆様にとって素晴らしい年でありますように!
※写真は、左から 池田・福満・福澤 です。 November 27 (23)ありがとうございました! 皆様、ありがとうございました!
約20日という長期間にわたり、私ども トカラ列島の課題解決 にどっぷりと取り組んでいただきましたこと、感謝いたしております。
11月29日(水)10時から、鹿児島運営事務局サイドの選考委員会を開催いたします。
トカラのブロードバンドがいつ実現するのかは未定です。 「ブローロバンドが整備されたと仮定して、そのブロードバンドをどう活用して.....」というアイディア募集のプロジェクトでしたが、ブロードバンド活用に限らず、沢山のアイディアをいただきました。 そのなかには現状の通信環境でも充分取り組めるものもございました。 皆様からいただきましたアイディア、ひとつも無駄にする事がないように、今後、充分検討させていただきます。
プロジェクトは本日で終了しましたが、こうして意見を交換できたのも何かの御縁かと.......。
皆様も、今後の十島村の行く末が気になりますよね! ホームページ http://www.tokara.jp/ をご覧下さい。
一言いいたくなることもありますよね! E-mail toshima-ki@tokara.jp を下さい。
本当に、お世話になりました。 皆様もお元気で、ご活躍ください!
November 26 (22)皆既日蝕対策の現状2009年7月22日(水)の皆既日蝕対策について。
この現象の詳細とこの日にトカラで起こると知ったのは、確か平成16年1月、福澄天文台長がオーストラリア皆既日蝕を観察した報告会でした。その時点では「トカラであるのか...」程度で、さほど気にも留めませんでした。
平成17年4月、役場内に対策会議を設置し,皆既日蝕とはどんな現象なのか、部分日蝕と何が違うのか、過去の皆既日蝕の様子などを調査、勉強する「学習会」のような感じでスタートしました。その中で、今回の日蝕は
①今世紀最長6分39秒の皆既継続時間を誇る
②日本国内の陸地から観測されるのは宇宙飛行士毛利さんが高校時代に北海道で見て以来で、これを逃すと2035年9月2日まで観測されない
③国内でも鹿児島県の種子島南部から屋久島、トカラ列島、奄美大島北部 そして小笠原が皆既帯に入る。中でも悪石島は皆既中心に近く、観測時間も午前11頃で太陽高度も高い
ということがわかりました。
「トカラをPRする絶好のチャンスだ!」として、最大限受け入れる努力をしようということで、全島でどの程度収容能力があるのか検討しました。民宿、学校の体育館、集会室程度しか建物がなく、テント村を造るしかないと判断。テント村とした場合に、台風など悪天候時の避難場所の確保も必要ということで体育館など公共施設での受け入れは考えないっことにしました。その結果、民宿(全民宿で約300名の収容能力)とテント村で最大3000名が受け入れ限度であるという結論。
次に、その3000名をどうやって島に運ぶかということを検討。村営の定期船とチャーター船を3回お願いすれば3000人を輸送できることがわかり、そのチャーター船の確保について打診しましたが1回が現実的(実行可能)ということでした。十島村の各島の港は水深が-5.5mと浅く、接岸するエプロンも80m程度の長さしか有りませんので大型船は接岸できません。せいぜい1500トン程度が精一杯というところです。このクラスの船はなかなかいないのです。いても、定期航路に就航しており簡単にはチャーターできませんし、7月の夏休み期間中ということもチャーターを困難にします。
従いまして、定期船とチャーター1回で1500名の受け入れが現在の限度となっています。しかも、テント村は悪石島、諏訪之瀬島、宝島の3島に限定し、定期船はその3島と奄美大島(名瀬)間をピストン輸送してということになります。3島の選定に際しては、観測に向いた地形であること、テント村が比較的容易に設営できる地形であること、港からテント村まで近いこと(島内の移動手段がないため)、奄美大島から近いこと(輸送時間の短縮のため)、を基本としました。悪石島は、地形的・港からの距離的には不向きですが皆既中心の島ですので外せません、諏訪之瀬島は飛行場周辺が平らでテント村設営が比較的容易でここの島を受け入れの中心と想定しています。宝島は、奄美大島からも近く、テント村予定地も港から最も近いことからです。
1500人の受け入れといっても、これですんなりとはいきません。公衆トイレがありませんので仮設トイレ(レンタルトイレ)が必要です。水も全く不足します。住民分プラスアルファー程度の給水能力しかありません。食糧も問題です。また、1500人が島に入り、島から出て行くまでの日数の問題もあります。島に入った順番に送り出すとした場合、島での滞在期間が1週間近くになってしまいます。
村でこのような計画をしても、はたしてその条件ででもトカラで見たいということになるのか?という疑問がわいてきました。
また、今年3月29日のリビア・エジプト・トルコでの皆既日蝕の報道では数万人が観測に押し寄せています。けたはずれな人数です。
そこで、トカラはこんな状況ですよ!簡単には来れませんよ!それでも来ますか? 1500人が限度ですので、今のうちから他もご検討ねがいますよ! という意味も込めて6月から8月までの3ヶ月間、ホームページ上でアンケート調査を実施しました。 その結果の詳細は、ホームページをご覧下さい。
また、地域が十島村に限定されないこと、十島村だけでの対応困難などから、国、県などへその窓口の設置、対策をお願いしておりましたが、ようやく10月末に鹿児島県の窓口を決めていただきました。
民間の大手旅行代理店(海外でテント村設置など、ツアー実績あり)とも協議しましたが、船での移動ということで天候による不安定要素が大きく、かといって事前準備に相当な日数と費用がかかるので商品化困難という回答でした。 つまり、準備はしたが悪天候で中止した。これは、天候による主催者(旅行代理店)側からのキャンセルであり、準備に係った費用のどっこまでを申し込み者に負担をお願いできるのか難しい.......ということです。
村で、テント村・トイレ・水も準備し、その使用料をいただくとして、旅行代理店と同じ問題は発生するのですがとりあえずそこは置いておいて、それでは1500人をどんな公正な方法で撰べばいいのでしょうか? 申し込み順ではあれですし、抽選ですかね? 研究者、報道関係者など区別しなくていいものでしょうか?
BBを使ってのネット配信の方法もご提案いただきたいですが、そこにたどり着くまでの問題もなんとかなりませんかね?
ひとまず、こんな状況です!
※「日食情報センター」さまのホームページに村のホームページをリンクさせていただいておりますが、日食を勉強するのに大変役立ちました。有難うございました。 今後は、ご助言をお願いできれば心強いのですが。
(21)ご無沙汰でした&地デジ先週11月17日(金)の平島へのブロードバンド体験教室出発から、20日~22日東京出張、24日監査、そして、それぞれの報告書作成----------などなど、やっと終わらせて「ブログの書き込みを」と思ったらサイトが開きません!これは、システムの異常ですよね?この期間の書き込み、コメントは升屋先生にご教示いただいた携帯サイトから読んでいましたがTBは確認できませんので、期待と不安で一杯なのですが-----。確か、地上デジタル放送の関係と日蝕の件の情報提供が必要だったかと-----(とワードで原稿書きながらサイトを確認してますが、まだダメなようです)。 テレビ地上波デジタル放送 十島村での担当部署は総務課になりますので、詳細には承知していませんが知っている範囲でお答えします。 「地デジ」は、テレビの地上アナログ放送が1953年(昭和28年)に開始されていますが、この放送をUHFチャンネルを使ったデジタル方式に置き換えるというものです。2001年(平成13年)7月25日に改正施行された「電波法」によりますと、「地上アナログ放送の周波数の使用できる期間を法律施行後10年を超えない期間とする」となっていることから2011年(平成23年)7月24日をもってアナログ放送は停止され、完全にデジタル放送に移行するということです。 地デジ放送は、2003年(平成15年)12月、関東・中京・近畿の3大広域圏からスタートしていますが、2006年(平成18年)末までには全国の県庁所在地など主要都市での放送開始予定で、鹿児島県内では鹿児島市なども今年12月1日から放送開始されます。 地デジへの移行決定の理由は(1)サービス向上 (2)周波数の混雑解消 の2つの理由からのようです。 (1)については、①高画質、高品質な映像・音声サービス ②データ放送 ③高度な双方向サービス ④高齢者、障害者にやさしいサービスの提供 ⑤安定した移動体向けサービス が挙げられ、 (2)については、都市部ではこれ以上民放に割り当てる周波数が空いていないということで、VHF帯のテレビ放送を全てUHFへ移行し、空いた帯域の周波数をラジオなどに解放するようです。 十島村のテレビ受信の現状については、鹿児島市から放送される電波は本土の数箇所の中継局を経由して、種子島・屋久島、十島村の中之島、奄美大島(名瀬)と中継されています。7島全てで共同受信施設を整備し、住民の大部分がそれによってテレビを見ています(中之島は、中継局がありますので島民の大部分は直接その電波を戸別のアンテナで拾って受信しています)。島によって屋久島の電波を拾ったり、中之島の電波を拾ったり、奄美大島(名瀬)を拾ったりと様々です。特に春先にはフェージングが多く、鮮明な画面ではないようです。しかし、デジタルになると「なんとか見れる」ということはなくなり、「鮮明に映るか、見えないか」になるようです。 十島村はどうなるのか? →放送時期など未定です。 NHKに問い合わせても明確な回答はいただけません。中之島―奄美大島間は日本国内で最も長い距離となるようですが昨年度実験が行われ成功しています。但し、アナログでは奄美大島側は1箇所での受信でよかったのですが、デジタルでは2箇所で受信し、それを合成する方式のようです。 十島村の共同受信施設は、口之島・宝島はNHK、他島は村が設置し、管理運営は各島ごとに行っています。この施設はほとんどがVHF帯を使用していますので地デジUHF帯には対応しておらず改修が必要となります。改修の方法としては、周波数をミッドバンド帯に変換して伝送する方法である部分改修と、770MHzへの広帯域化をはかる全面改修があります。改修内容は、それぞれ次の通りです。 部分改修(ミッドバンド帯) 地デジ用UHFアンテナの追加、 周波数変換パススルー伝送ヘッドアンプの追加 全面改修(770MHzへの広帯域化) 上記2点に加えて、 幹線増幅器の交換、 電源装置などの交換 ということになっているようです。十島村では、更にこの共同受信施設と各家庭を結んでいる同軸ケーブの交換が必要であろうといわれています。民間企業の話では、平成12年、最も新しく全面改修した悪石島以外の島のケーブルは地デジに対応できないようであるということでした。 上記は、島内の問題でしたが、本質的な問題は、「それぞれの島に電波がとどくのか」ということです。中之島―奄美大島の実験では受け手側に2箇所の施設が必要でした。その実験と併せてそのあたりも行って欲しかったところです(これから実施するのかもしれませんが)。 以上をまとめて、その対策を考えますと3つが浮かびます。 ① 島の共同受信施設を改修する(部分改修あるいは全面改修、同軸ケーブルの張替え=どうせ張り替えるなら光がベスト!) →各島で電波が受信できるという前提付きです ② BBを整備し、本庁から「光IP放送」で再放送を行う(制度的、容量的に可能かどうか?) →ケーブルテレビと同じ考え方です(但し、村独自の番組を放送しない---余力があればする方が良いのですが) ③ 衛星を使って地上デジタル放送の再放送を行う →北海道では、JSAT衛星を使って実証実験後に2007年に放送開始するようです。 これにしても、①の改修は必要です ※ これらから総合して二重投資を避けるためにも、ブロードバンド整備においては島内を光ケーブル敷設が望ましいと考えています。 ※ いずれにしても、電波がそこまでこないことには確認のしようがないということのようです。新聞報道では、多額の費用を要することから県内民放は奄美大島への整備は期限までにできないのでは?ということで、国に補助を要請していますが現在のところ来年度予算には盛り込まないという国の方針のようでした。 追伸:この画面、結局のところ正規ルートでは展開せず、隠岐→中西さん→とからブログ とたどってやっとやってきました------。 November 19 (20)もうお1人、諏訪之瀬島のコメントです part2 皆さん、こんばんわ。 20:20鹿児島へ帰ってきました。 BB体験教室2006@平島、無事終了。 夜は住民の方々との懇親会があり盛り上がりました。 帰りの船に諏訪之瀬島の矢澤さんとT.Kさんも乗っておられたのですが、私は「飲みすぎと睡眠不足」で熟睡しており、下船間際にちょっとだけお話しました。 T.Kさんから「メール送ったので」ということでしたので寄ってみました。---届いておりました。 17日、23:30。 以下、私にいただいたメール、そのまま掲載します。
諏訪之瀬島 T.Kさんのメール part2
掲載ありがとうございました。 夜、開いてみると、応援コメントがあり、嬉しかったです。 日曜日の船で帰られるのですね。 私も日曜の船で鹿児島へ上がります。たまたまだったのですが、矢沢さ んも日曜の船で上がり、東京だそうです。 船でお会いできるのを楽しみにしています。 コメントがあったので、黙っているのもなんだかと思いまして、もし、 掲載可能なら・・・・・以下お願いします
諏訪之瀬島T.Kです。
みなさん、コメントをありがとうございます。 嬉しかったです。 昔、冗談で友人とよく話していたのが「山奥の炭焼き小屋に、超デジタ ルのオフィスをつくりたいね」でした。それからしばらくして、そのよ うなシチュエーションがある映画(タイトル忘却)を見ました(天才的 数学者の話だったと思う)。 トカラ列島は、竹が多いので、笹葺きの家を造っていた歴史があります。今やその技術と知識を持つ人はひとりしかいないであろうと言われる方 と島民が一緒に、諏訪之瀬島の学校に笹葺き小屋風の東屋を造りました。 ※ワラやカヤでないところが面白いです。またビロウの葉でふくことも できるらしいです(未確認)。 アイランド族のITコミュニティーセンターをささ葺き屋根でつく りたい・・・。いや、造れるように、がんばる・・・・から、IT族の方、是非、 一緒に笹葺き小屋作りをしながら汗を流しませんか?(楽しいです・・ たぶん)そして、できたあかつきには、焼酎を飲みながら専用PC を設置しましょ。 November 17 (19)BB体験教室2006@平島へ出発 明日15:00~17:00、平島で升屋先生が中心となって行っておられます 「コミュニティ・ブロードバンド・プロジェクト」 によりますBB体験教室が開催されます。 実践部隊は、升屋先生など鹿児島大学の皆さん5名、通信事業者の方3名、特別見学者1名、それに私の10名となっています。
船は、十島村営「フェリーとしま」1391t、200名乗り、17ノットです。 出港は、23:50、鹿児島本港・南埠頭からです。 出港時間が深夜なのは、島の到着時間に合わせているからです(島が深夜にならないように)。 一番最初の口之島着6:00、中之島着7:05、そして平島着8:40です。8時間50分の船旅です。 帰りは日曜日の11:50乗船、鹿児島入港は20:40の予定です。 升屋先生が衛星回線を準備くださっているようですので、平島からコメントできれば! -----それでは行ってきます。 (18)11/17付け、南日本新聞の社説 本日の南日本新聞・社説に 「情報格差解消・ブロードバンド化は離島の頼みの綱」 というタイトルの記事が掲載されていますので、ご参考までにお知らせします。
平成18年11月17日(金) 南日本新聞・社説
(17)もうお1人、諏訪之瀬島からのコメントです 諏訪之瀬島に住んでらっしゃるT・Kさん(実名掲載の確認が取れてませんので)から電話をいただきました。 「ブログは何とか読んでいます。 コメントしたくてもうまく出来ませんので替わりに掲載して下さい」 ということでした。 メールでいただいた原稿を以下にそのまま掲載します。
諏訪之瀬島 T・K
はじめまして、トカラ列島に興味をひかれて15,6年になるでしょ うか。 ぐずぐずしていたら、歳を重ねてしまうだけだと、思い切って Iターンした母子家庭でございます。 みなさん、こんにちは。 おてやわ らかに…ネ
稼ぎ方は会社勤めです。 社長に無理を言って「諏訪之瀬島出張所」をつ くらせました(笑)。 それもこれもネット社会になったおかげで、島でも会社勤めができるわ けです。 もちろんナローバンドのことを知って移住したわけですが、不 便な生活(と言っても便利です)にはすぐに慣れます。
※というより精神的に解放されるので、鹿児島市内にいたときよりも良 い仕事ができていると自負しています。 しかし、ナローバンドには慣れることはできません(泣)。 10年前の ナローバンド経験者なのですが、無理です。 光を知ってしまうと、ダメ です。 少しでも重い(2メガ以上)ものを送受信をしようとすると、時 間と経費との闘いとなるので、いまのところ、PCでテキスト、電 話・FAX、そして船便といった方法で仕事をしています。 私はPCをうまく使いこなせるわけではないので、DTPとか プログラマー的な仕事をしているわけではありませんが(だからナロー バンドでも無理を言えた)、島とは直接関係ない仕事が7~8割かな? ただ、「ここに来てよかったな」と思うのは、いつのまにかデジタルな 社会の中に暮らし仕事をしていて、気持ちや心の逃げ場がなかったけ 、ここはアナログが無限なのです。 無理して、癒しスペースを捜さな くても、いるだけでアナログに戻ることができるから、仕事もススム… そんな感じでしょうか? プログラマーの方が、都会で頭と精神をすり減らしながら、缶詰で仕事 をしていらっしゃると聞いたことがありますが、どうせ缶詰なら、島で 缶詰になりませんか? 精神に破綻をきたす前に無限のアナログが人間 を救ってくれるような気がします。 ウチの社長みたいに、トカラ出張所を作ってくれるようなプログラム会 社はないのかな? Uターン支援にもなると思うんだけどなあ(子どもたちの未来の就職の 場があり、勉強してきっと帰ってくる)それに、先駆けて出張所を作ってくれると、人為的デジタル・デバイト の解消とか、島民が気軽にPCのことを聞けるとか・・あまいか な・・スミマセン。 November 15 (16)介護サービス、そして独居老人 今回は、福祉分野を少々---。 素人です。
詳細については正確さを欠いています(その前に、詳細に述べられませんが)ので、ご了解願います!と宣言しておいてからすすめてみます。
介護サービス
十島村には、介護サービスを提供する民間企業はありません。 施設入居は、ほとんどが鹿児島市及び近郊の施設です。 在宅介護については、各島に2~3名のヘルパーさんがいらっしゃいます。 その免許取得、育成には村の支援もありました。 民間介護事業所がないので、村が事業者となってやるしかありません。 そこで、一般の市町村にある「介護保険(事業勘定)会計」のほかに「介護保険(サービス勘定)会計」をつくり、「十島村住民課」が介護事業者としてサービスを提供しています。 そのサービスの実践部隊はといいますと、ヘルパーさん、診療所看護師、本庁の保健師(ケアマネージャーとなっています)になります。 介護認定者については、月2回、ケアマネージャーが本人と直接面接してケアプランを作成することが国のサービス基準となっています。 そして、その1回当りの報酬額も定められています。 広域の移動を想定していないためかその1回当りの報酬額は旅費等も含めた額となっています。 十島村のサービスの現状はといいますと、7つの島に散らばる介護認定者にケアマネージャーが毎月2回面接することは困難です。 つまり、その介護事業者「十島村住民課」はサービス基準を満たしたサービスができていないのです。 そうしますと、国からの交付金が、基準を満たしていないという理由で減額されてしまいます。 島を移動する旅費などは、当然、最初から認められません。 今年度から、鹿児島市内の介護保険事業者に委託して月2回の面接をクリアーするようにしています。 国からの交付は定額の1回当り何々円の報酬のみです。それでは民間保険事業者は引き受けてくれませんので、村は別途旅費を支給しています。
※BB活用アイディア
その家庭にTV電話を設置します。 ケアマネージャーはTV電話で面接します。 これを月2回、あるいは週1回なり行うことで基準をクリアーしているとする「介護特区」を申請してはどうか?
独居老人対策
村全体の65歳以上の高齢者比率は35%程度だったでしょうか。 口之島などは50%を超えています。 独居老人も増えています。 いくら田舎とはいえ、必ず毎日その方と顔をあわせるわけではありません。 そこで、村では「黄色い旗」を配布し、朝その旗を玄関に掲げてもらい、夕方しまうことによって、地域全体で安否確認を行うシステムをつくっています。 しかし、このシステムには、朝、旗を掲げた後、もしものことがあっても夕方旗がしまわれないことに気がつ付くまでわからないという問題点もあります。
※BB活用アイディア
ポットを使ってお茶を飲んだかどうかで確認する方法もありましたが---。
これは、通信事業者の部長さんからアイディアをいただきました。 その家の、台所・トイレ・風呂場などにセンサーを設置し、人が動くと感知する(映像はありませんのでホット一息です)。 そして、例えばトイレなどに1時間も入っているようだとモニターから警告音がする。 その後は、本人に電話するなり、電話にでない時には近所の人に見に行ってもらったり(BBといえども、最後は近所のお付き合いがたよりです)ということになります。 このシステムはすでに京都のある市で導入されているということでした。
アイディアのご参考までに。
November 14 (15)密航船、密輸、そして座礁船 消防防災分野でもう一つ。
種子島・屋久島と奄美大島の間に連なっているトカラ列島ですが、西は東シナ海を隔てて中国、香港、台湾、インドシナ半島へと繋がっていることを実感させられるできごとがありました。
集団密航事件の検挙状況 http://www.moj.go.jp/HOUAN/SOSHIKIHO/RELATION/relation11.html は、平成9年をピークに徐々に減少していくのですが、トカラ列島では平成3年から平成8年にかけて大きな事件が相次ぎました。
1991年(平成3年) 7月 4日 宝島(前籠漁港)
ベトナム人54人上陸
巡視船で長崎県・大村一時レセプションセンターに移送
1993年(平成5年) 7月26日 口之島(西之浜漁港)
ベトナム難民上陸 巡視船で移送
1993年(平成5年) 8月 9日 悪石島(やすら浜港) オポソロイ号座礁 インドネシア人14名(うち1名死亡) 台風避難のため悪石島へ。 接岸試みるが港内に座礁。接岸作業時に1名死亡。
海難救助法により、第一発見者(村)の費用で救助しなければならない。
悪石島より「住民の安全のため鹿児島に移送して欲しい」という要望があり、巡視船で移送。
鹿児島市内の宿舎に収容(村費) 保険:未加入 船籍:ホンジュラス 運航会社:香港 乗組員:インドネシア人 造船所:広島県の廃船を購入
死亡者の火葬等についてインドネシア大使館と協議(イスラム教の関係)
船主より、乗組員の航空券の送付あり→帰国
船体が、その後の台風により横倒しとなる
船体が防波堤に被害を与えると定期船接岸にも影響を受ける→船体の撤去が急務
船主と連絡とるが不通
香港の運航会社を訪問するも不在
村の予算で行政代執行で撤去 → 後に国から特別交付税でその8割が交付された
※帰国した乗組員数名が、和歌山県の密航事件で逮捕される → いわゆる蛇頭(ヘッドスネーク)であった
インドネシア人に島民も、村もなんとかしてあげようと頑張ったのにガックリな結末でした
1995年(平成7年) 6月21日 宝島(前籠漁港) 台湾船故障で上陸
1995年(平成7年) 7月12日 諏訪之瀬島 中国船籍
14名不法入国(陸上から近寄れない場所) →たばこの密輸
1996年(平成8年) 2月 5日 宝島(宝島港=集落の裏側)
中国人74名 密入国
気がつくと、島の裏側の港に上陸していた
船が沈みそうだというので、消防ポンプでくみ出したり大変でした
保安部は関東の方から特別部隊も派遣されてきました
これ以降、密航船はトカラ海域を通過して、日本本土に直接接近するようになります。
人の住んでいる島でもこんな状態ですから、無人島化したらその警備・国土保全が大変です。 先日の口之島での国民保護訓練も、「ガジャ島をテロリストが不法占拠して」という想定も、それ程現実離れはしていないのです。
November 13 (14)十島村の公的機関(郵便局と警察) どんどんいきますよ!
郵便局
十島村には、口之島と中之島、それに宝島に郵便局があります。 職員は、アルバイトまで含めて各局3名ですかね(?)。 現金自動支払機も設置されています。 郵便局の無い島については、各出張所が委託を受けて行なっています。 ポストも出張所前に1箇所設置されています。 切手・はがき等も購入できます。 しかし、郵便局の通帳からの現金出し入れなどが面倒です。 郵便局の有る島へ通帳と印鑑を送って引き出してもらい、現金と一緒に通帳・印鑑を返送してもらう---、大変ですよね。
更に、郵政民営化の波が、押し寄せてきています。 職員3名から1~2名体制へ、そして集配業務の廃止などです。
南日本新聞のサイト記事をご覧下さい。
郵便の取扱い、物資の購入などについては1つ前の矢澤さんの書込み「諏訪之瀬島から」に久永先生がコメントしていますのでご参照下さい。
地元の皆様、現状を訴えるコメントをお願いします。
警察
十島村には、中之島にだけ警察官1名が常駐しています。
管轄は、鹿児島中央警察署(鹿児島市内の中心部を管轄しています)で、中之島駐在所となります。 今回の列島マラソンでは、中之島の駐在さんのほかに中央警察署から1名と白バイを派遣していただきました。 有難うございます。
中之島の駐在さんは、定期的に他島を巡回されています。
また、事件発生(過去の密航船のときなど)時には、県警のヘリで派遣されてくることもあります。
(13)十島村の地震について矢澤さん、書込み有難うございます。 PC、修理から直ってきたのですね。
とにかく、私は、アイディアの素となる素材を提供しなければ!
<十島村の地震>
平成以降、私の記憶では2回の大きな地震活動がありました。 いずれも、小宝島・悪石島近海を震源とするものです。
1995年(平成7年) 12月15日~
阪神淡路大震災(1月17日)のあった年の年末のことです。 被害は特に出ていません。 小宝島・悪石島の住民は一時避難を余儀なくされました。 当時、両島に地震計は設置されておらず、気象庁が小宝島に臨時的に設置していました。 平成8年になって、阪神淡路大震災もあって、国は全市町村に地震計を設置することとし、鹿児島県の事業で全7島に地震計(計測震度計)が設置されました。 この震度計はほとんどが出張所近辺に設置され、その情報は 出張所→十島村役場→鹿児島県→気象庁 へと繋がっており、地震があると役場のモニターから警告音が鳴るようになっています。
参考資料 気象庁(震度観測点) http://www.seisvol.kishou.go.jp/eq/intens_st/Nansei1.html
2000年(平成12年) 10月2日~
鳥取県西部地震(10月6日)のあった年、月です。 平成7年といい、何か関連があるのでしょうか----。
震度5強でした。 この時は、悪石島の海岸集落に避難指示を出しています。 避難所生活も長引きました。 職員はもちろんのこと、県警、海上保安部の方々も島の避難所に入り警戒などにあたりました。
当時困ったのは、報道関係からの問合せです。 同じことを報道機関の数だけ答えなければなりません。 本庁で応対している分にはまだよいのですが、現地の声が聞きたいということで現地対策本部の置かれている悪石島出張所(避難所と同じ施設内にあります)へ電話されるのです。 気持ちはわかるのですが、現地対策本部はいつも「話し中」状態でほとほと困りました。 ただ、この報道のおかげで避難所生活を知った方々から沢山の支援物資、激励のお手紙などをいただいたのですが(その節は、有難うございました)。
参考資料 気象庁の報道資料 http://www.jma.go.jp/jma/press/0010/02/amami.pdf
November 12 (12)十島村の活火山 十島村には3つの活火山があります。 北から口之島(前岳、燃岳)、中之島(御岳)、諏訪之瀬島(御岳)です。 火山については、気象庁のホームページが詳しいですので、アドレスは全てそこの該当箇所に飛んでいきます。
諏訪之瀬島の御岳(おたけ799m)は、現在、日本で最も活動が活発な火山です。先日のマラソン大会のときも降灰がありました。 昔から活動が活発で、1813年(文化10年)の大噴火によって全住民が島外に避難し、1883年(明治16年)に藤井富伝翁が仲間27で開拓入植するまでの70年間は無人島となっていました。 平成12年に規模の大きな活動があり新噴出口が生成されています。そのときから登山禁止とし、火口から半径2キロ以内を立入禁止としています。それまでは、火口の淵からのぞくこともできていました。 諏訪之瀬島にとって、この御岳登山は観光資源の一つであり、活動自体は以前となにも変わっていないのだから早く登山禁止を解除して欲しいという声もあります。
中之島の御岳(おたけ979m)は、山頂付近から硫黄が噴いています。昔は、山頂火口から硫黄を採掘していたそうです。 現在でも、山頂まで上れます。山頂付近にNHK、民放各局のテレビ中継塔が立っています。 鹿児島ー屋久島ーと飛んできた電波を中之島で中継して奄美大島(名瀬)向けに飛ばしています。 このテレビ塔の管理のためにここまで車が通れる道路が整備されています。この道路については、東京都の石原知事が「税金の無駄遣い」と非難したのですが、実際は、十島村と奄美大島の各市町村が負担金を出し合って整備した道路なのです。 ここの中継塔がなけてば奄美大島各市町村はテレビが映らないからです。 勿論、事実を知った知事からは陳謝があったそうです。 山頂は、ここから徒歩で30分~40分です。 見晴らしは素晴らしいです。
口之島の2つの山は、山腹から水蒸気が出ているのが確認できます。 確か、昨年の規定の改定によって口之島も活火山に分類されるようになったのだったと思います。
November 11 (11)国民保護訓練を、11/12、口之島で実施 KKB(鹿児島放送)11:30からの宝島での「知事と語ろ会」を見てました。
今後の情報提供として、何があるだろうと考えてみると
生活関連
金融機関、郵便局のこと
生活物資購入の方法
消防・防災関連
火山
地震
密航船
2009年皆既日食
あと、この程度の項目はお伝えする必要がありそうです。
とりあえずその前に、本日(11/11)~明日(11/12)にかけて実施されます 「離島火山防災点検・訓練(中之島)」 と 「国民保護訓練(口之島)」 の記事が、今朝の南日本新聞に掲載されていますのでご紹介しておきます。
<11月11日(土) 南日本新聞>
あす国民保護訓練 ー鹿県と十島村-
鹿児島県と十島村は12日、同村口之島で住民を島外に避難させる国民保護訓練を行う。 3月に策定した県国民保護計画に基づく初の訓練で、離島の島外避難を組入れた国民保護訓練は全国で初めてという。
訓練は「国籍不明の武装勢力が口之島の西約40キロにある無人島の臥蛇島を不法占拠した」との想定。 政府は大規模テロなどが対象となる「緊急対処事態」を認定し、県に避難措置を指示。 県は村を通じて住民に避難を指示し、村が誘導する。
住民の避難には陸上自衛隊と海上保安庁のヘリ、海上自衛隊輸送艇を使う。
前日の11日は、同村中之島で離島火山防災点検・訓練が行われる。
以上です。
10/27~10/29 知事と語ろ会(宝島を主として全島)
11/03~11/05 トカラ列島島めぐりマラソン大会(宝島を主として全島)
11/10~11/12 防災訓練(中之島)、国民保護訓練(口之島)、ファミリー劇場(平島・野田郷島津太鼓の出演)
11/17~11/19 ブロードバンド体験教室2006@平島
と、ここ数週間、毎週末大きな行事がありますが、職員も頑張ってます。今回の訓練は総務課の皆さん、平島のファミリー劇場は教育委員会の皆さんが出張しています。
私は、これから升屋先生のいらっしゃる鹿児島大学の学園祭(11/10~11/12)をのぞいてきます。 November 10 (10)「トカラ列島島めぐりマラソン大会」が、NHKで全国放送されます! お知らせです.
11月4日(土)に開催しました 「トカラ列島島めぐりマラソン大会」 の模様が、NHKで全国放送されます。
放送日 11月13日(月)
放送時間 14:00 ~
放送局 NKH総合
番組名 お元気ですか、日本列島
また、鹿児島県内の皆さんは併せて次の番組もご覧下さい。 10月28日(土)に宝島で開催されました 「知事と語ろ会」の模様です.
放送日 11月11日(土) ~明日じゃないですか!
放送時間 11:30 ~
放送局 KKB(鹿児島放送)
番組名 かごしま情報チャンネル
※南日本新聞の関連記事へ
November 09 (9)十島村の医療 その1(診療) おはようございます。 福澤@運営事務局次長です。
私の今月の予定です --------
11月17日(金)~19日(日) 鹿児島大学升屋先生などコミュニティ・ブロードバンド・プロジェクトによる「ブロードバンド体験教室2006@平島」参加のため平島へ出張。
11月20日(月)~22日(水) 全国町村議会議長大会など議会事務局の仕事で東京です。
11月23日(木) 勤労感謝の日でで祝日。
11月24日(金) 村の例月出納検査で、終日監査委員書記の仕事です。
11月27日(月) DMPのアイディア募集終了。
11月30日(木) 九州総合通信局主催の「第2回、十島村におけるブロードバンド化促進のための調査研究会」開催予定
こうしてみますと、DMPの後半戦はほとんど書込みする時間が取れそうにありませんので、前半である程度「十島村の実情」がご理解いただけるよう頑張って書き込みします。
今回は、十島村の医療 についてです。
その1.診療
十島村の7島には、それぞれ村立のへきち診療所が設置されています。
診療所には、村職員である看護師が1名づつ配置されています。
医師は、中之島診療所に1名、鹿児島赤十字病院から3カ月交替で派遣されてきます。派遣されるようになったのも平成14年からです。
それまでは、完全に無医村でした。
七つの島のうち上4島(口之島・中之島・平島・諏訪之瀬島)は、中之島の常駐医師が月2回の巡回診療を行なっています。
下3島(悪石島・小宝島・宝島)については、鹿児島市にある赤十字病院の医師が月2回の巡回診療を行なうことを基本としています。
赤十字病院の診療科目は内科が主で、他の眼科・耳鼻科・皮膚科は年1回、歯科は年2回、鹿児島大学医学部が診療にあたってくださっています。
また、小児科については平成7年から「鹿児島こども病院」がボランティアで各島年4回の診療を行なっていただいております。
住民の年1回の健康診断は、毎年5月、保健所に依頼し「村営のフェリーとしま」に検診車を載せ特別ダイヤ(各島約2時間の停泊)を組んで行なっています。
診療所に訪れる患者さんへの投薬は、中之島の常駐医師あるいは鹿児島赤十字病院の医師へ電話し、指示をあおいで行なっています。医師不在時(それがほとんどなのですが)に患者があった場合には、医師に電話連絡し、画像が必要な場合にはFORMAで撮影・送信したりしています。 それで解決しない場合(ほとんどでしょうが)は、鹿児島市の病院まで数日かけて受診することになります。
担当部署に勤務したことがありませんので、正確さを欠いている点もあろうかと思われますがご容赦願います。 追加・補足などありましたら、コメントに入れてください。お願いしますよ運営事務局のみなさん! 次回、その2は、急患発生時の対応について記載する予定です。 November 08 (8)十島村の学校 福澤@運営事務局次長です。
今回は、十島村の学校の状況をお知らせします(私が書き込むより、大工の源さんの方が良かったのですが---)。
7つの島全てに小中学校が併設で設置されています。諏訪之瀬島は平島小中学校の分校、小宝島は宝島小中学校の分校という形になっています。
地元の児童生徒数が減少し、学校存続が危ぶまれたいます。 村では、確か平成3年からでしたか鹿児島県内では最初に山村留学制度である「山海留学制度」をスタートさせ県内外からの児童生徒を受け入れてようやく学校の存続を図っています。
村の中に高校がありませんので、進学のために中学卒業生は鹿児島市等へ出て行ってしまいます。 その分だけ、確実に人口の社会減があるわけです。
以下に、以前の書き込み((7)十島村から~)に対してたぬ様とコメントのやりとりをしました。 教育現場を例に出していますので、そのまま(私のコメントだけですが)掲載して、この教育の現状を終わらせて下さい。 不足については、きっと大工の源さんから書き込みがあるでしょうから!
たぬ様
少々、誤解があるようです。 現在BBが整備されていて、サ-どう活用するの? なら判り易いのですが、「整備されたと仮定して---」ということで、ハードの現状あるいは、そのブロードバンド化に向けた取り組みについても話が及んでしまい、そちらがメインになっているよな感じになってしまっていますね。これは、アイディアをいただく上での基礎資料程度にお考え下さい。今回お願いしておりますのは、ハード整備へ向けた協力のお願いではありません。
目標、これは本土から隔絶され、様々な制約・不便のある離島の生活を、BBを活用して本土並に近づけたいということです。
例えば、教育の学校現場においては、本来であれば中学校ともなると専門の教科担当教師がその教科について授業するわけですが、極小規模の学校では教師も数名しか配置されず、専門以外の教科も教えなければなりません。このことは、教師には非情な重荷となるでしょうし、生徒にとってもその教科にたけていない、極端にいえば興味を持っていない教師から教わることは不幸なことではないでしょうか。
更に、十島村においては複式学級がほとんどです。 例えば1人の教師が、1つの教室内で同じ時間に1年生と3年生に授業しなければならないのです。これへのBBの活用として、テレビ会議システムを使った遠隔授業を想定しています。 仮に、理科の教師が村内7校に1人しか配置されていないとします。それでも、このシステムを使って全島一斉に理科の授業を行えば、専門教師から教わることができるのです。複式学級の解消についても同様です。
十島村の弱点は、本土からの距離もありますが、このように島が7つあるために全てが分散されてしまうのです。少人数でも1箇所集中であればなんとかやりようもあるのでしょうが、少人数が更に分散されてしまうことにあります。 長所は、その逆でしょうか。
BBの活用アイディアとして、私の描いている一例を披露しましたが、このアイディアも実際問題、現場でうまくいくのかどうかは別問題です。
十島村の現状を知った上で、そのことならこんな方法はどうか?というアイディアがいただきたいのです。 先ほどの例は、私がTV会議システムをしっていたから思い付いたものであり、本土と異なる村の現状の、それぞれの分野で同様に知っていれば、知識があればBBを活用した解決策があるのではないかと考えています。
ですから、テーマを設定して村の現状についてご紹介していきたいと思います。 たぬ様の言われた ④村の現状の説明が欲しいだったですかね。 (7)十島村(じっとうそん)から十島村(としまむら)へ 福澤@事務局次長です。
先程のたぬ様のご意見を整理しますと、
①お国頼みでいいんですか
②ブロードバンドが全てではないでしょう、それだけでは解決しません
③まず、医者・教師の確保が専決では
④村の困っている状況、本質の書込みが欲しい
という4点でしょうか。
②に関連しては、升屋先生がコメントをされておりますが、直接お答えする前に④に繋がるような情報を幾つかご紹介します。
世間では、高校社会科の履修不足が問題となっておりまので、ここでは、日本史1単位を取得していただきます。
それでは、十島村現代史概論を受講ください!
<十島村現代史概論 ~十島村(じっとうそん)から十島村( としまむら)へ~>
現在の十島村(としまむら)は、終戦まで十島村(じっとうそん)という名称でした。
「じっとうそん}は、現在の十島村(としまむら)と屋久島の西に3島連なる現在の三島村(みしまむら)が合わさって1つの村(十島村・じっとうそん)を構成していました。
どうして十島村(じっとうそん)と呼ばれていたかといいますと、現在の十島村(としまむら)の有人島7つと三島村の有人島3つを合わせて10の島だからです。 ところが、そう簡単ではありませんよ。 当時の現十島村には有人島が8つありました。現在は無人島となっていますが、臥蛇島(ガジャジマ)に人が住んでいました。 それじゃあ島が11有るじゃないか? とこうなるのですが、宝島(たからじま=実在の名称ですよ)のすぐ北に小宝島(こだからじま)があります。 当時、この小宝島を宝島の属島として1つに数えていたのです。 従って、10の島=じっとうそん という訳です。 ですから、同じ「十島村」と書きますが、終戦前後でその読み方と意味が違ってくるのです。
さて、その「じっとうそん」にも終戦が訪れました。 ところがです、終戦後の1946年(昭和26年)2月、連合軍総司令部は北緯30度以南の島々を軍政下に置いてしまうのです。 現在の十島村(としまむら)の最北端の島である口之島(鹿児島市から204km)の先端を北緯30度線がとおっており、ここから下七島が軍政下に置かれました。 つまり、十島村(じっとうそん)は、日本に残った3島と軍政下に入った7島に分断されてしまったのです。
1952年(昭和27年)2月4日、下7島が日本復帰。 2月10日に上三島と分村して、上三島は三島村、下七島は十島村(としまむら)として発足します。
これが占領下にあった日本領土の最初の復帰です。
1952年(昭和27年) 2月 4日 トカラ列島復帰
1953年(昭和28年)12月25日 奄美群島復帰
1968年(昭和43年) 6月26日 小笠原諸島復帰
1972年(昭和47年) 5月15日 沖縄復帰
と、復帰は続いていくのです。
十島村は、復帰の翌年、議員立法で成立した「離島振興法」の適用を受けます。「離島振興法」は、離島であればほとんど例外なく適用されます。 翌年本土復帰した奄美群島、小笠原、沖縄については、この離島振興を適用するのではなくそれぞれの特別振興措置法をつくって、本土との格差是正にのりだすのです。
なぜ、十島村に特別措置法はなかったのでしょうか? 人口規模が少ないから、見捨てられ、忘れ去られていたのでしょうか?
----- これが十島村の第一の「ひがみ」です!
1956年(昭和31年)4月、本土復帰から4年後、十島村は、中之島にあった役場を鹿児島市に移転させます。 その頃の船は月に数便しかなく、復興のための国・県との協議のためには役場を鹿児島市に置いた方が都合が良かったのです。
1970年(昭和45年)7月28日、臥蛇島(ガジャジマ)が無人島になります。 その理由は、当時は定期船が接岸できるような港がなく定期船は沖合いに停泊、島と定期船を艀(はしけ)で結んでいました。 この小型船(はしけ)を出す作業をするだけの人手も無いほどに人口が減少し、ついに無人島への道を選択するしかなく、移住を余儀なくされたのでした。
離島における過疎化の進行は、無人島化へと繋がっていく恐れがあるのです。
→ 十島村に、第2の臥蛇島(ガジャジマ)をつくるわけにはいかないのです。
以上、十島村現代史概論を終わります。 最後まで読んで下さった、あなた、1単位取得です。 (6)ブログとレスポンス おはようございます。 福澤@事務局次長です。
昨夜は、自宅に帰ってから、コメント・TBをいただいた皆様のBlogへお邪魔して、コメントでご挨拶させていただきました。
「コメント・TBに対する事務局のレスポンスをもっと!島の住民のコメントを!」 という岡野@神戸様からのコメントをいただいております。
事務局職員のブログにありますように、なにしろブログ初心者が多いものですから、慣れるまで少々お時間を........... 。
また、島の住民のコメントですが、十島村は現在、良くてISDNといったインターネット環境です(詳細は、昨日、升屋先生が書き込みでご説明くださっております)。
住民の実行委員から「コメントしたいが画面が重くて動かない」、」「結局、開かなかった」 など連絡がとどいております。こういう状況ですので、回線の状況次第、運次第ということでご理解ください。
また、11月7日の池田@実行委員の書込み「ブロードバンド整備に期待」に、たぬ様からコメントが寄せられています。
「こういうコメントが来るだろうな........」 と、お待ちしておりました。
この件に対するご説明は、仕事の雑務を処理してから後ほどお答えします。
|
|
|