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    November 16

    十島村の今と昔

     私は、十島村で中学3年生《昭和45年》まで生活していましたのでその当時の事を思い出して書いて見ます。
     これでも、村での生活は飛躍的に便利になったもんです。
     当時は、電気が時間を区切った発電(朝1時間、夜2時間から3時間)ですからテレビも無い、冷蔵庫も無い、電話も無い、冷暖房設備も無い時代でした。
     定期船も接岸する港も無く、沖に本船が、停泊して「はしけ」で客や貨物を乗せたり下ろしたり、今、思うとぞっとする光景です。通船作業中に怪我をしたり、亡くなったりする方も少なくありません。
     この当時はこれが当たり前、不満を持ってもどうしようもない時代でした。
     子供達は、学校が終わると、毎日牛の草刈、日曜日には700メートル弱の(前岳)の麓まで午前と午後の2回も草刈に行っていました。
     それがほとんどの子ども達の仕事でした。
     当時、私が住んでいた口之島では、児童生徒だけで100名以上でした。今は10名前後。
     人口も減少し、口之島の高齢化率は50%を越えています。
     このままで行くと10年後、人口は半減します。これを阻止するためにはIUターン者の受け入れ以外にありません。そのためには何が必要か?
     都会で生活した人は、情報過疎地には来ません。
     IUターンの受け入れ窓口を企画観光課でやっていますが、ほとんどブロードバンド整備状況の確認があります。
     また雇用の場がなければ人は生活できません。島での生活はある程度自給自足で生活できても、こども達を高校、大学に進学させるための仕送りもしなければなりません。
     村は今、ブロードバンド整備と、雇用の場の創設を大きな柱として取り組んでいます。
     住民の幸せのために、村の生きのこりにかけて何ができるか?
     皆さんのアイデアをお聞かせください。
    November 09

    急患発生時の対応

     企画観光課長、住民課長を兼務している池田です。
     急患発生時の対応につきまして説明いたします。
     実は、急患の話をすると急患が発生する事が多いため役場職員の間では禁句となっています。
     
     急患搬送方法は3つあります。
       ①ヘリコプター搬送
       ②定期船搬送
       ③行政連絡船「ななしま」搬送(高速船)
     
     そのうちのヘリ搬送について説明します。
     急患の一報はまず診療所看護師から入ります。 日赤病院(十島村の中核病院)のドクターの指示で役場、住民課、総務課に入ります。
     役場は県知事に急患要請を行い県知事の決定を受けて、防災航空センターから谷山ヘリポートで医師(本村の場合90%以上が日赤病院医師)を乗せて島に向かいます。 日没、天候不良等による出動不可の場合は鹿屋自衛隊、沖縄自衛隊に要請する場合もあります。
     天候不良でヘリコプターが飛べない場合が大変です。 患者さんを一刻も早く設備の整った病院に運ぶため、ありとあらゆる手段を模索しなければなりません。
     休日、夜間の場合も大変です。まず一報が入ると職員の呼び出しから始まります。1分1秒でも時間短縮をしなければなりません。
     私も、住民課、総務課で15年以上急患業務に携わってきました。本庁での連絡要請業務も出来るだけロスタイムをなくすよう努力をしてきたつもりでした。
     しかし、島に出張中に急患が発生し、診療所と役場の連絡係を経験しました。
     患者さんを前にしますと、「役場は何をしているのか。」「もっと早くこれないのか」といらいらしたもんです。
     今までも、消防団、看護師、家族はそんな思いでヘリコプターを待っていたのだろうと思い。 これからも1分、1秒のロスタイムを出さないように努めるべきだと考えています。(誤解しないで下さいね、役場で急患の業務に携わっている職員はベテランぞろいで、常に必死で業務に当たっています。)
     ヘリコプターは一番近い口之島で片道約50分、最南の宝島までは片道約1時間25分の時間が必要となります。鹿児島の病院に収容するまでの時間は3時間30分から4時間を要します。
     
     海を隔てた、島で生活する上で一番不安な事が医療の問題です。ブロードバンドが整備されると、医療の面でもたくさん活用され、患者さんの不安を取り除く事が出来ます。
     
    November 07

    ブロードバンド整備に期待

    実行委員の池田です。
     2004年10月22日、福澤参事とともに、九州総合通信局に十島村の現状と、ブロードバンド整備について、びびりながら部長さんを訪ねたことがなつかしく思い出されます。
     今では、九州総合通信局長さんもわざわざ役場をおとずれてくださり、また、NTT鹿児島支店長さんも2度も十島村を訪れていただき村の現状を把握していただいています。
     鹿児島大学情報基盤センターの升屋教授は、ほとんどの島でブロードバンド体験教室を開いていただいています。 住民はブロードバンドの便利さを実感しています。
     10月17日には、総務省九州通信局により、条件不利地域におけるブロードバンド化調査研究のための調査研究が 口之島⇒中之島⇒鹿児島の役場 をつないだ実証実験が行われ住民に夢と希望を与えていただきました。
     
     2004年の頃と比べ飛躍的に現実味をおびてきています。 関係者の皆さんに、ただただ感謝するばかりです。
     
     このブロードバンド整備計画を実現するためには、まだまだ多くの課題を抱えています。
     国の補助1/3何とかなりませんか?
     大都会の市町村は、通信事業者が整備して、離島など条件不利地域は事業費の2/3を負担しなければなりません。
     同じ、日本の国であるのに納得が出来ません。皆さんの応援を期待しています。
     離島など条件不利地域ほど財政力が弱い現状を理解してほしい。
    November 06

    列島マラソン大成功

     はじめまして
     実行委員(企画観光課長兼住民課長)の池田と申します。ブロードバンド関係の知識が少ないため皆さんについていけるかわかりませんが精一杯頑張ります。
     昨日、22時に本土復帰55周年記念トカラ列島島めぐりマラソン大会を終了して鹿児島へ帰って参りました。
     私達の村十島村は、海を隔てて、多くのハンデイを抱えております。マラソンの応募者は200名近くありながら、定期船の定員の関係から108名だけしか参加できません。 抽選をしながら応募していただきながら参加できない方の思いに答える事が出来なかったことに心が痛みました。
     十島村は、多島村で、外海離島というハンデイを抱えています。そのハンディを逆手にとって十島村だけしかできないマラソンを計画しました。 海が時化たらどうしよう?雨がふったらどうしよう?風が吹いたらどうしよう?・・・・たくさんの不安を抱えながらこの計画が船出しました。 しかし、神は、十島村に味方していただき、海はまるで湖のようでした。また、離島特有の起伏の激しい道路を参加者の皆さん、文句も言わず一生懸命走っていただきました。皆さん、十島村の山、海、空、夜空、自然に触れ喜んで帰路についていただきました。
     
     ブロードバンド整備にしても、我が、村は、本土より多くの問題を抱え、多くのハンディを背負っています。皆さんの知恵をいただき、住民が抱えている離島のハンディを少しでも解消できればと考えています。よろしくお願いします。